遺伝子の発現を理解するために必要な知識をどこよりも分かりやすく解説
遺伝子の発現は、大学入試の中でもっとも扱われる頻度が高い内容です。ここを押さえればかなり多くの問題を理解できるようになります。
しかし、うまくイメージがつかめなかったり、どうしても遺伝子やタンパク質に関する問題になるとつまずいたり、という受験生は多いようです。
そういった方は物質の構造を曖昧にしか理解できていないのではないでしょうか。分子の構造を正確に知ってこそ、遺伝子を忘れない形で理解できます。曖昧な部分をはっきりさせるということをしてみましょう。
目次
0.この記事の目的と概要
「生物の進研模試偏差値40くらいの受験生を偏差値60に上げるための勉強の骨格を示すこと」がこの記事の目的です。
冒頭に申し上げた通り、大学入試の生物において、共通テストでも個別試験でも遺伝子は最頻出テーマです。しかも他の単元との融合問題としての出題が多いです。遺伝子は生物の問題のすべてに共通する項目なのです。
生物が苦手だという受験生はこの事実を分かっていない場合が多く、生物の単元はすべて平らで、どれが出題されるかも均一であると考え、重要なテーマがどこだということを意識できず、骨格を失ったような勉強をしているように、私が見ている限り思えます。
この記事の目的は、生物の成績が思うように上がらない方々向けに遺伝子がなぜ最重要なのかを伝え、遺伝子の発現の仕組みまでの正確なイメージを与えて、これからの生物の受験勉強の一本の支柱としての知識を提供するということです。
従って、周辺知識(生物学史や実験史、個別のタンパク質やサブユニット、教科書に記載のない生物種における例など)は一切扱いません。ここだけは絶対に抑えておきたい最小限の情報のみで構成していきます。その代わり、はっきりと正確なイメージを持てるようにまとめますので、ぜひ曖昧に理解するのではなく明確に覚えるように意識してみてください。
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1.遺伝子とは
遺伝子は生物の設計図だ、という話はよくされます。まさしくその通りなのですが、ここでは受験生物に対応できるように、「なぜそれが重要なのか」という問いへの答えと併せてまとめておきましょう。
1-1高校生物において遺伝子とは何なのか
生物が持つ形や性質などを形質といい、形質が親から子へと受け継がれることを遺伝といいます。そして遺伝が起こるためには親から子へ何らかの要素が受け渡されているはずだと昔の人が考え、遺伝子と呼ばれるようになりました。今日ではこの遺伝子の本体はDNAという物質であり、すべての細胞が持っていることが判明しています。しかもそれぞれの細胞に入っている遺伝子は、体全体のすべてにわたる形質の特徴が刻み込まれています。
遺伝子は次の2つの能力を持っています。
遺伝子は、体細胞から体細胞へ、体細胞から生殖細胞へ、生殖細胞から体細胞へ、複製されながら伝わっていきます。結果、すべての細胞が完全な遺伝子を持っていることになりま
⑵ 遺伝情報発現の能力
形質は遺伝子に刻まれた特徴が現れたものです。遺伝子の中に、手の形、目の色、消化液の作り、皮膚の構成、などなどすべて刻まれています。そういった特徴が、適切な条件で適切な場所に現れることを遺伝子の発現といいます。
遺伝子の情報がどのような仕組みで形質として現れてくるのかについて、絶対に抑えておかなければならないポイントをこの記事で解説していきます。
1-2大学受験においてなぜ遺伝子が最も重要なのか
「遺伝子はすべての生命現象の原因であるからです」
これを意識しておくことが、生物を勉強するうえで一本の柱になり、一見単元ごとにばらばらに見える生物という科目を一つの物にまとめる働きをするので初めに説明しておきます。
生物という科目は、大まかな言い方をして次の事柄を扱います。
⑵ 細胞の中の構造物(細胞小器官)
⑶ 細胞そのものの働き
⑷ 細胞の集まり(組織)
⑸ 組織の集まり(臓器)
⑹ 臓器の集まり(個体)
⑺ 個体の集まり(個体群)
⑻ 個体群の集まり(生物群集)
⑼ 生物群集と無機的環境の関係(生態系)
⑽ 生態系の時系列の変化(進化)
高校生物の内容は例外なくこのどれかに分類できます。
小さいものから大きいものへ並べたのには理由があります。⑴から⑽まで一直線の因果関係で結ばれていることを示すためです。このうちの最も原因側に位置している⑴に遺伝子が含まれているのです。従ってどのような大学入試の問題を作るにしても、「なぜ」と理由を突き詰めていけば遺伝子に帰着できるのです。よって、どの単元よりも遺伝子が融合問題として使われる頻度が高いのです。
2.遺伝子に関連がある物質
「抽象的な言葉を、具体的な物質と結びつけよ。遺伝子とはDNAのことであり、発現とはタンパク質(の適切な合成)のことである」
遺伝子の発現を起こす物質について最小限のことのみをまとめておきます。すべてつくりを覚えるのですが構造式まで書ける必要はありません。どう繋がっているかということと、何の原子でできているのかを押さえておいてください。
2-1DNA
下図のようにリン酸、糖、塩基が連結したデオキシリボヌクレオチドという物質があります。糖はデオキシリボースという名称です。塩基は4種類(アデニン、グアニン、チミン、シトシン、それぞれA、G、T、Cと略される)のうちのどれかです。
これがリン酸とデオキシリボ核酸で連続的に結合し、ヌクレオチド鎖を形成します。
ヌクレオチド鎖は2本が向かい合うように結合します。この際塩基を内側にしてAとT、GとCが向かい合う順番になります。このような関係を相補的な関係といいます。
さらにこの相補的な2本のヌクレオチド鎖はらせん状に巻き付いた形をしています。これがDNAです。
2-2RNA
DNAのデオキシリボヌクレオチドのうち、糖がリボースという種類の糖に置き換わったリボヌクレオチドがあります。塩基もDNAと違い、アデニン(A)、グアニン(G)、ウラシル(U)、シトシン(C)の4種類のいずれかです。
DNAと同様に、リン酸とリボースが連続的に結合し、1本のヌクレオチド鎖を形成します。
この状態がRNAです。DNAとの違いは
⑵ 塩基が違う(DNAはA・T・G・C、RNAはA・U・G・C)
⑶ 2本鎖を形成しない
という3点です。
主なRNAとして次の3つがあります。mRNA(伝令RNA)、tRNA(運搬RNA)、rRNA(リボソームRNA)、これらは項目3で詳しく扱います。
2-3アミノ酸
下図のアミノ酸の基本構造は必ず書けるようにしてください。
Rの側鎖は20種類あります。
この表は覚える必要はありませんが、下のことをまとめて覚えておいてください。
・どのアミノ酸もC・H・O・Nが含まれる
・システインとメチオニンはさらにS(硫黄)も含む
(硫黄がない条件での実験や、放射性硫黄を用いた実験が入試問題で頻出なので)
2-4タンパク質
アミノ酸のカルボキシ基とアミノ基が脱水縮合します。これをペプチド結合といいます。
数十から数百のアミノ酸が結合しポリペプチドという構造が作られます。このポリペプチドが立体構造を作ることでタンパク質と呼ばれるようになります。ここで重要なことは、タンパク質の中には、20種類のアミノ酸がある順列で並んでいるのだということです。ここはしっかり押さえておいてください。
そしてタンパク質の働きとして次の7つがあります。
⑵ 抗体の本体となる
⑶ ホルモンの成分となる
⑷ 構造体を構成する(例:皮膚、軟骨、筋原線維など)
⑸ 物質運搬(例:ヘモグロビン、アルブミン)
⑹ 光受容(例:フィトクロム、ロドプシン)
⑺ 血液凝固
2-5ポリメラーゼ
DNAからDNA、またはDNAからRNAの合成が細胞の中で必要に応じて行われています。この際に前者ではDNAポリメラーゼ、後者ではRNAポリメラーゼという酵素が働きます。名称と働きだけ覚えれば十分です。
3.DNAからタンパク質が合成される仕組み
ここではDNAからどういう経緯でタンパク質が合成されるのかを見ていきます。
3-1転写
DNAを鋳型にしてmRNAを作ることを転写といいます。下図のように2本鎖DNAがほどけ、一方のヌクレオチド鎖をもとにして相補的なRNAが作られます。
このときのDNAの塩基とmRNAの塩基の対応関係は次のようになります。
DNA → mRNA
A → U
T → A
G → C
C → G
生じたmRNAは細胞質中のリボソームに付着します。
3-2翻訳
細胞質には特定のアミノ酸に付着したtRNAがあります。リボソームに付着したmRNAの塩基配列をもとにしてtRNAが順次アミノ酸を運んできてペプチド結合を作っていきます。このときmRNAの塩基配列を3つずつ区切ってコドンと呼ぶのですが、コドンに相補的なアンチコドンを持ったtRNAが結合します。コドン及びアンチコドンは4の3乗で64通りあるのですが、tRNAが付着しているアミノ酸はコドンによって決まります。
このようにmRNAの塩基配列をもとにしてアミノ酸の配列が決まりポリペプチドができることを翻訳といいます。
3-3原核生物と真核生物の転写・翻訳の違い
原核生物は核膜を持たない生物です。この場合DNAは細胞質中にありますからmRNAが合成されたらすぐにリボソームが付着し、すぐさま翻訳が始まります。
一方、核膜を持つ真核生物は、mRNAのうち翻訳する部分を残し、翻訳しない部分を取り除くということが起こります。このことをスプライシングといい、翻訳する部分のもととなるDNAの部分をエキソン、翻訳せずに取り除く部分に対応するDNAの部分をイントロンといいます。
4.遺伝子発現の仕組み
DNAからタンパク質の適切な合成を、遺伝子の発現といいます。むやみに転写と翻訳を繰り返すのではなく、適切な条件の時に適切な量のタンパク質を作る必要があります。この仕組みが遺伝子の発現です。これには転写の量つまりmRNAの量を調節する機構が働いています。
4-1原核生物の遺伝子発現の仕組み
原核生物のDNAは次のような構成をしています。これは重要事項なので、各部分の名称と役割、配置を確実に暗記してください。こういったDNAの発現にかかわる部位と機能についての考え方のことをオペロン説といいます。
プロモーター…RNAポリメラーゼが結合する部位
オペレーター…リプレッサーと結合する部位
構造遺伝子…酵素合成を支配する遺伝子
重要なのはリプレッサーがオペレーターに結合している間は転写できない、結合していないと転写できるということのみです。2つの例が良く出題されます。
例1 分解酵素
ラクトースを分解する酵素を支配する遺伝子があったとします。この酵素はラクトースがあるときには必要で、ラクトースがない時には必要がないですね。mRNAへの転写量もラクトースのありなしで、変わります。
リプレッサーがオペレーターに結合したまま。
ラクトースがリプレッサーに結合して、オペレーターが解放される。
例2 合成酵素
トリプトファンを合成する酵素があります。この酵素はトリプトファンがない時に必要で、トリプトファンがある時に不要です。
アポリプレッサーがオペレーターに結合しない。
トリプトファンとアポリプレッサーが結合したことで活性型のリプレッサーとなり、オペレーターに結合する。
4-2真核生物の遺伝子発現の仕組み
転写因子…転写活性化因子(アクチベーター)と転写抑制因子(リプレッサー)。エンハンサーと結合して働く。
プロモーター…RNAポリメラーゼが結合する部位(単独ではRNAポリメラーゼに結合できない)
基本転写因子…プロモーターに結合することで、RNAポリメラーゼが結合できる状態を作る
構造遺伝子…酵素合成を支配する遺伝子
原核生物との違いは調節遺伝子とオペレーターがないということです。その代わりにエンハンサーがあり、ここに転写活性化因子または転写抑制因子が結合することで転写量を調節しています。また、RNAポリメラーゼ単独ではプロモーターに結合できず、基本転写因子と結合する必要があるということです。
転写が促進される条件は次の2つが同時に起こった場合です。
②アクチベーターがエンハンサーに結合し、①の状態にあるRNAポリメラーゼを活性化する(これで転写量が増加)この中で、②においてアクチベーターの代わりにリプレッサーがエンハンサーと結合している状態では転写量は減少します。
5.まとめ
以上に見てきたような仕組みで、すべての生物はDNAからmRNAに転写をし、mRNAからタンパク質に翻訳して、このタンパク質を使って生活しています。その結果がある行動であったり、ある代謝であったり、成長や生殖であったり、免疫であったり、ある個体群の形成であったりするわけです。
近年DNAの研究は急速に進んできて分子生物として高校生物で扱う内容は10年20年前より格段に増え、もはやあらゆる問題の考察問題でDNAを絡めることができる土壌はすでに出来上がってしまいました。DNAなしではどんな生物学も語れない状況になっています。
上に見たような遺伝子の発現についてのイメージは明確にしたうえで生物の勉強を続けてみてください。そしてどんな単元の問題でも分子生物との関連を意識したうえで解いてみてください。そうすることで必ず生物の成績はあがるはずです!