哲学は何の役にたつのか?「概念工学」という観点から〜高校生のための哲学・倫理入門〜

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高校生のみなさんは、世界史・現代文・倫理・数学A(確率・集合)などの課程のなかで、広く「哲学」(論理学や倫理学を含む)と呼ばれる分野に触れているはずです。

一般教養科目が設定されている大学に入学すれば、1〜2年生までの間、哲学を学ぶケースも少なくありません。

でも、素朴な疑問として、「哲学に何の意味があるの?」「何の役に立つの?」と思う人も少なくないでしょう。

この記事では、そんな素朴な疑問に答えていきたいと思います。

1.「哲学」の様々な効用

さて、哲学が何の役に立つのかという問いに答える、とは言いましたが、まずはじめに断っておくべきは、この問いに対して答え方は一つではありません。

なぜなら単純に、「哲学」と括られる分野があまりに広いからです。

たとえば「数学」には単純な算術から、「幾何学」・「代数学」・「解析学」など様々な分野が含まれます。そして、それぞれの分野で「役に立つ」対象と度合いは大いに異なります。

これと同様に、哲学と括られる分野も非常に広く、それぞれに有用性は異なっています。

論理学、言語哲学、政治哲学、法哲学、倫理学、形而上学、認識論、存在論…。

このように、枚挙にいとまがないほど多くの分野が「哲学」という一言で呼ばれているのです。

でも、「哲学は役に立つのか?」という問いを考えるためには、まず「哲学は何をするものなのか」を大まかにであれ押さえておかないといけません。

そこでこの記事では、「概念工学」という観点から哲学を捉えてみて、その有用性について考えてみます。

(次の本が「概念工学」の国内での代表で、筆者も多くを学びましたが、この記事ではかなり抜粋してアレンジを加えています。戸田山和久・唐沢かおり. 2019.『〈概念工学〉宣言!』名古屋大学出版会.)

ただしこれはあくまで幅広い哲学の活動に可能な限り共通する営みを抽出したものですから、哲学の大体の分野には妥当するものの、必ずしも全部を語り尽くしたことにはならないということに注意しておいてください。

2.「概念工学」としての哲学

近年、哲学者たちの間で、哲学を「概念工学Conceptual Engineering」として特徴付けようとする流れがあります。

文字通り、通常理科系の学部に置かれる「物づくりの工学」に対応する「概念の工学」として哲学が再解釈されているのです。

工学部でさまざまなロボットやソフトウェアが開発されるのとまったく同じように、哲学科では、さまざまな概念が開発され、改良されている。

一言でいえば、哲学者の仕事は「概念をいじる」ことだというわけです。

ここで「概念」というのは、「自由」や「女性」や「世界」という語で私たちが思い浮かべる意味内容の集合体を指します。

要するに、私たちが何かを語るとき、頭のなかにイメージされている内容のことです。

歴史的に振り返ってみれば、たしかに哲学者の仕事は概念の分析・改定・創出だと言えるでしょう。

細かい解説は割愛しますが、有名な例をあげてみるなら、アリストテレスは「実体(存在・本質)」の概念を改定もしくは創出し、デカルトは「物体」概念を改定し「延長」概念を新たに創出し、ウィトゲンシュタインは「世界」を新たにしました。

このように、問題を抱えた古い概念を解体し、問題の発端を突き止め新たに適切な概念を創出することは、哲学の伝統の中で営まれてきた活動なのです。

古い概念の問題点を発見し、これを改造して新しい概念を作り上げるということ、これが概念の工学です。

もしかすると、世界の真理や人間精神の深淵に迫る抽象的な言説としての人口に膾炙した「テツガク」のイメージからはちょっと異なるかもしれません。

ですが、実際に哲学の諸分野では、私たちのもつ概念についての開発・改訂作業が伝統的に営まれてきたことを考えれば、かなり実情に即した規定だと言えます。

3.  概念工学の実例

概念工学とは何なのか。それが本当に可能なのか。社会の役に立つのか。さまざまな疑問が残ると思います。

そうした疑問には、さっそく実例をみることで答えてみましょう。

例1 誰もが経験する概念工学イギリスに行ったことがないS君は、イギリス人について何らかの概念をもっている。
イギリス人はジェントルマンだとか、教養的だとか、プライドが高いだとかいった、ステレオタイプの概念だ。

だがS君は、実際にイギリスに渡ってみたことで、イギリス人についての自分の概念を改訂する必要があることに気づく。実際には、紳士的でない人もいるし、教養的でない人もいるし、プライドが低い人もいる。

こうしてS君が改訂した後のイギリス人概念は、改訂以前のイギリス人概念とは異なる。ステレオタイプの概念は、より実情に近いものに塗り替えられた。

例2 人類が経験した概念工学C君にとって、地球は宇宙の中心だった。
地球の外には、いくつかの層からなる天球という半円形の膜があって、星々や太陽はその膜に張り付いている。

だが、G君は、観察の結果地球が太陽の周りを回っていると考えた方がうまく説明できることに気がついた。G君は、C君の地球概念を改訂し、新しい地球概念を作った。

そして、太陽の周りを回る天体たちについての、太陽系という新しい概念が生まれた。

例1は、私たち個人の月並みな経験で、例2は、人類全体にとっての重要な経験です。そのいずれもが、古い概念の改訂と新たな概念の創出というプロセスに関わっており、その点で概念工学的な営みだと言えます。

こうした例からわかるのは、難しく考えるまでもなく、概念の工学は私たち誰もが経験したものだということです。

例1のように個人的な概念工学であれば、自分が受け入れさえすれば簡単に実行できます。

ですがもちろん、例2のように、実社会における根強い反論が存在するような場合には、概念工学は容易ではありません。反論者を説得したり、人々の概念の改訂を辛抱強く待つなどの労力がかかります。それでも、現代の私たちが古代人とは異なる地球概念を持っていることは明らかですし、それは様々な学者による概念の改訂作業の結果だと言えるわけです。

4.  概念工学は役に立つのか

でも、振り返ってみると、例1や例2が「意図的な」概念工学の実例だったかどうかは定かではありません。

むしろ、イギリス人を実際に観察したり、天体の運動を緻密に観察したりすることによって、いつのまにか起こってしまった概念の刷新の例であるようにも思います。

では、哲学者が意図して概念をいじることなどできるのでしょうか?

もし意図して行うことができないなら、期待する効果を引き出すこともできませんので、はっきりいって哲学は「役に立たない」ということになります。

さて答えは、「難しいけど、できる」です。

この「難しい」というのがミソで、哲学の専門的なスキルが必要になる場合がある、ということです。

それでも専門家の努力を通じて、概念の操作が意図的に引き起こされるという期待は、十分根拠をもっています。

ここでも例を考えてみましょう。

(以下の著作を参考にしたが、かなり簡略化しているので注意。Sally Haslanger. 2012. Resisting Reality: Social Construction and Social Critique. Oxford University Press)

例3X君は、「男性」「女性」というジェンダー概念について考える。ジェンダーとは、生物学的な性とは関係なく、社会における特定のポジションの名前だ。

この概念の分析によってX君にわかるのは、少なくとも一定数の人にとって、「女性」とは(経済的、政治的、社会的な)何らかの意味で「服従的」な社会的立場を意味し、「男性」とは優越的な立場を意味することだ。

だが、この意味で男女の概念を用いることには当然問題がある=改訂の必要がある、とX君は主張する。

さて、X君のこの分析が正しいとして、それが何の役に立つだろうか。当然、この社会を構成するすべてのジェンダー的主体にとって、社会をよりよくするために役立つでしょう。

だが、哲学者であるX君に残された仕事は、せいぜい、「女性」概念から「服従」概念を抜き取って、新たにどんな概念ができるかを「論述する」ことくらいです。

別に、法律を変えることができるわけではないし、社会制度を直接改良できるわけではありません。それは、政治家や活動家の仕事です。

でも、だからといって哲学者の概念工学が役に立たない、と結論するのは早計です。

その専門的なスキルの中でも際立った部分、すなわち「概念分析のスキル」は、社会に潜在する問題を発見し、それに対処するためにやるべきことを明らかにするからです。

つまり、哲学は単体では無力ですが、他の実効的な諸分野と協力すれば、社会をよりよくする道を拓くことができるのです。

いわば哲学は、他分野に対して基礎的な考察材料を提供する、知的な第一次産業という役割を担っているのです。

政治家や実業家はしばしば、社会変革への熱意はもっていても、何を変革するべきなのかを正確に認識していないことがありますが、それは問題の核心を見落としているからではないでしょうか。

哲学者の概念分析&概念改訂の営みは、まさに問題の核心を見つけ出すことに特化しており、その発見が他の実行部隊に引き継がれてそ進化を発揮するのです。

そして、概念工学が可能で、実際に哲学者がそれに挑戦しているとするなら、その有用性は明らかです。

ものづくりの工学がそうであるのと類比的に、人々の生活インフラをよりよくすることに、概念の工学は役立つのです。

要は、工学の対象が物体ではなく概念という形のないものはあるものの、やっぱり哲学は実生活に大きく貢献すると答えることができます。

まとめ

この記事では、「概念工学」というモデルを使って哲学を特徴づけてみました。

概念の分析と改訂作業が、このような哲学の最大の仕事です。

では、そのような仕事が何の役に立つかといえば、簡単に言えば「社会をより良くする」ことに役立ちます。

さまざまな問題を抱えた社会にあって、問題の所在を突き止めることなしにこれを解決することはできません。

そして、その問題が人類に使い古された概念に端を発している場合には、まさに哲学者の出番なのです。

哲学者は、単独で概念を刷新し、あらたな概念に根付いた制度を作ったり、それを人々に伝えたりできるわけではありません。

ですが、そうしたことに特化した実行部隊とうまく力を合わせられれば、より望ましい概念の生産が可能になるのです。

著者情報

筒井一穂
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