功利主義って何?知らなきゃ損する倫理の原則〜高校生のための哲学・倫理入門〜

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近頃、いろいろなところで「倫理」やその英語表記「エシカル」という言葉を聞くようになりました。でも、倫理的に振る舞うためにどうすればよいのか、と具体的に考えていくとよくわからずじまい、ということもしばしばです。

ここでは、倫理の基本中の基本である考え方、「功利主義」について解説していきます。

功利主義を知ると、社会の見え方が変わってくるだけではなく、自分が行動する時に便利な指針を手に入れることができるでしょう。

そもそも倫理とは…?

功利主義の解説をする前に、そもそも倫理とは何かをはっきりさせておきましょう。

肝心なところだけ抜き出して言うなら、倫理とは行動の規範のことだと言えるでしょう。

ふつうの社会では、私たちの行動を決める規範となるのは、法律であり、常識であり、世間体であり…といった具合です。

でも、これらの規範によっては行為を決定できない場面も多々あります。たとえば寄付をするかどうか悩む場合、目の前で具合が悪そうな人に声を掛けるか悩む場合、などなどです。

別に寄付をしてもしなくても、法律に違反することはありません。だからこの場合、法律を使って行動を決めることはできません。

こういう場合に役に立つのが、倫理的な行為規範です。倫理は、日常のあらゆる場面で、私たちがどう行為するべきなのかを教えてくれるひとつの指針だと思っておいてください。

これから解説する功利主義も、私たちが生活の中で直面する様々なシチュエーションにおいて、行動を決定するためのルールのひとつだと考えてみましょう。そうすることで、倫理を学ぶことがどれほど役に立つことかわかるはずです。

功利主義の基本的な考え方

功利主義と呼ばれる倫理理論は、イギリスのジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748–1832)によって提唱され、ミル(John Stuart Mill, 1806–1873)らによって陶冶されました。この記事では、ベンサムの議論を簡略化して紹介します。

古い封建主義体制よりもいっそう民主的な倫理規範を提示し、現代でも公的な場で用いられることの多い倫理理論の主流のひとつです。

功利主義によれば、私たちが行為を選択する際に用いられるべきは次のような原則です。

功利主義の原則:正しい行為とは、社会全体の幸福を増やす行為だ。不正な行為は、社会全体の幸福を減らす行為だ。

この原則を理解するためには、「幸福」の内実と「幸福を増やす」ということの内実を、それぞれ最低限説明しなければいけません。詳しいことは段々とわかっていくはずなので、今はとりあえず、「そういうものか」と頭に入れておいてください。

(1) 幸福=快、不幸=苦の図式

ベンサムによれば、幸福とは快楽であり、不幸とは苦痛のことです。

つまり線分図的に考えるなら、快楽度がプラスに回れば幸福であり、0以下になると不幸である、ということです。

つまり、おいしい食事にほっぺたを落とす=快楽を得ること、ゲームに勝って満足する=快楽を得ること、受験に合格して喜ぶ=快楽を得ること、家族の寝顔を見守って安心する=快楽を得ること、これらは全て「幸福」です。

反対に、まずいものを食べる、身体を傷つける、ショックを受ける、悲しむ、こういうことは全部「不幸」です。

わかりやすいですよね。重要なのは、幸福も不幸も、何か捉え所のない抽象的で観念的なものとしてではなくて、具体的な快楽と苦痛に還元して考えよう、ということです。

 

(2) 幸福を増やす=各人の平等性

つまり功利主義は、社会内部の快楽をどんどん増やし、苦痛をバシバシ減らそう、という発想ということになります。

このとき重要なのは社会内部での快楽=幸福の総和であって、誰が幸福を得るかではない、ということです。

たとえば「サザエさん」の家庭のなかで、カツオの幸福と波平の幸福の間に、功利主義的には差異はありません。年上だから波平が優先されるべきだとか、逆に子供なんだからカツオが優先されるべきだとか、そういう個々人のステータスに関係した価値づけは、功利主義からは排除されます。(こういう価値づけをしてしまうと、貴族の贅沢は貧民の飢えよりも重要だ、といった階級社会の悪いところが出てきてしまいます。)

すべての人の快・苦を同じ土俵で計算することに、功利主義の特徴があると言えます。

功利主義はアタリマエ?

何かアタリマエのことを言っているように見えます。そりゃあ誰でも、世のためになる行為を励行し、世に害をもたらす行為を忌避することでしょう。

ですが功利主義者のこの原則は、少なくとも自明のことではないのです。

そのことは、トロリー問題という有名な思考実験から明らかになります。(「トロッコ問題」とも呼ばれますが、ここで言うtrolleyとは路面電車のことです。)

トロリー(トロッコ)問題

あなたはトロリーを運転している。もうすぐ線路が二股に分かれる分岐に差し掛かる。分岐の一方には5人の作業員がいて、もう一方には1人の作業員がいる。あなたがそれを視認した瞬間、トロリーは暴走してブレーキが効かなくなる。もしあなたが何もしなければ、あなたは5人の作業員のほうに突っ込み、彼らはおそらく亡くなる。もしあなたがハンドルを切って反対の分岐に突っ込めば、5人は助かるが1人は亡くなる。さて、あなたはハンドルを切るべきか、切らないべきか?

このとき、功利主義の原則を率直に用いるなら、運転士は迷うことなくハンドルを切って、5人を轢くよりもむしろ1人を轢くことを選ぶべきだということになります。

でも、何だか釈然としませんよね。確かに轢かれるのが5人であるよりは1人で済んだ方が良さそうな気もしますが、そうはいっても、あなたがもしハンドルに触れなければ、その1人は轢かれずに済んだのですから。それでもハンドルを切ってしまったら、そのひとの家族になんて説明したらいいのでしょうか…。

いやいやそれでも被害者が少ないならばハンドルを切るべきだ、と考える人もやっぱり多いでしょう。

みなさんも、功利主義の原則がちょっと「ぶっ飛んだ」ものか、それともアタリマエのものなのか、まだなかなか判断がつかないのではないでしょうか。

では、もう少し例を極端にしてみましょう。

功利主義においては、「誰が」幸福になるか不幸になるかは問題ではない、とさきほど言いました。

それなら、こんな場合にも運転士はハンドルを切らなくてはならないはずです。つまり、分岐の一方に5人の作業員がいて、彼らは運転士にとって赤の他人。もう一方には1人いるが、それは運転士の最愛の妻である。そんな場合です。

この時でも、功利主義者はハンドルを切らなければならない。だって、それが社会の幸福の総和を最大化し、不幸の総和を最小化するからです。(もちろん功利主義の中にも色々な立場や議論があり、むしろ現代の主流はハンドルを切らなくても良いと考える側です。ここでは功利主義の要点を掴んでもらうために、やや極端な立場を扱うことにしました。)

こうなってくると、功利主義が何か人間の常識や直観、根本的な倫理観に反しさえすると思えてきます。実際、家族や身内といった自分に近しい関係の人を、赤の他人よりも優先して助けるべきだという考えは自然でもっともらしいものです。

功利主義の実用性

ですが功利主義者も、冷血さからこのような直観に反した判断をくだしているわけではありません。幸福=快楽を被る個々人に優先度をつけないという発想は理論的に譲れないポイントなのです。

これは、特権階級を優遇する圧政的な社会を脱却するためにも重要な点ですが、それだけではありません。たとえば国や自治体の政策、会社や学校の決まり事を決める際に、功利主義が実用的であるためにも重要な点なのです。

というのも、個々人の幸福を色分けしないことによって、社会全体の幸福度の計算=功利計算が、大幅にやりやすくなるからです。

Aさんの幸福度10がBさんの幸福度-10よりも価値のあるものだとするなら、その関係をさらにはっきりさせなくてはならなくなります。Aの幸福度10=Bの幸福度-5なのか、Bの幸福度-7なのか…。
こんなことを社会の構成員同士の関係ひとつひとつについていちいち考えていては、計算のしようがありません。

だから、一人一人を同じ一人の人間としてしかみなさず、選り好みしないことで、初めて功利計算が可能になるとも言えるわけです。そしてこうして計算をすることで、実際に行動を選択するさい、学問的にも実践的にも使いやすいものとして功利主義を使うことができるわけです。

まとめ:功利主義の三つの特徴

これまで紹介してきたことのまとめとして、功利主義の特徴を三つに要約しましょう。

(1) 功利主義は、社会のなかでの幸福の総和を最大にすることをめざす。

(2) このとき、個々人の社会的地位や好感度などによって、幸福の優先度が決まることはない。=個々人はみな平等に扱われる。

(3) 功利主義はわかりやすく、使いやすい。

上の二点は功利主義の学説としての内容を、最後の一点はそのアドヴァンテージを示しています。

特に最後の点については、他の倫理学説との対比においても、功利主義が圧倒的にクリアで実用的な議論を提供していることが強調できます。

トロリー問題のような、普通の道徳観からすれば答えを選べなくなってしまう場面においても、功利主義は即座に回答を与えることができます。その回答が本当に正しいかどうかは吟味の余地がありますが、実用的な理論という意味では、どんな場面でも即答できるというのは大きな強みです。

功利主義は、社会や学校、私たちの身の回りでの行為選択において、きわめて簡便に使えるものですし、実際使われているものです。この理論をマスターすれば、自分の行動を決定するのにも大いに役立つでしょう。

 

お勧めの一冊

最後に、もっと学びたい人向けに次の一冊をお勧めします。(この記事を書くのにもお世話になりました。)

児玉聡(2016)『功利主義入門:はじめての倫理学』筑摩書房

著者情報

究進塾 編集局

究進塾 編集局
東京・池袋にある究進塾の編集局です。受験指導のプロが大学受験に役立つ情報をお届けしています。 大学受験対策コースはこちらからご覧いただけます。
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